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風に誘われて、街へ(5) お盆休みに、園田競馬場へ

2018.08.31

朝顔の紺色、入道雲と青空、陽射しの中の百日紅、夏はなにかにつけて鮮やかな色彩のまわりに、亡くなった人たちの淡い面影が浮かびあがる季節です。
お盆が近づいて、なぜか私は、8年前に亡くなった友人の映画監督・池田敏春(いけだ・としはる)の照れたような笑顔を想い出したのでした。
そこで、熱暑が少しやわらいだ8月15日に、一緒に作った映画『秋深き』のロケ場所を久しぶりに訪れてみることにしました。

それが、園田競馬場です。

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原作は織田作之助、映画『秋深き』

――女は男の一途さに惚れ、男は女の乳房に恋した――日本一の純情夫婦の恋物語。
というキャッチコピーで、2008年に世に出した『秋深き』は、監督が池田敏春で、僕が協力プロデューサーを務めた作品です。

――平凡で生真面目な中学教師の寺田(八嶋智人)が、先輩教師に連れていかれた北新地のクラブで、ホステスの一代(佐藤江梨子)にひとめ惚れ。
2週間も通いつめた寺田は、実家の仏壇屋の商売道具である「おそろいの位牌」を差し出してプロポーズ、一代はそれを受け入れて二人の新婚生活が始まります。
しかし、生活を重ねるにつれて見えてくる一代の過去に寺田の嫉妬がつのってゆきます。
そんな中、一代に乳癌が見つかり、治療の甲斐もなく一代は若くして亡くなってしまうのです。
病院のベッドで、息絶えた一代を背後から抱き締めて話しかける寺田、サイドボードに置かれていた位牌の裏面には、白い文字で「寺ちゃん、おおきに」と書かれていました。
二人きりの病室の窓ガラスを、大阪湾に沈む夕陽が、赤く静かに染めています――

この作品は、『夫婦善哉』で有名な、かの織田作之助の二つの短篇小説『秋深き』と『競馬』を原作にして、池田敏春の旧友である西岡琢也が、時を現代に移し替えて脚本化したものです。

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大阪生まれの織田作之助は京都の三高生であった時に、カフェのホステス宮田一枝に出会い、熱烈な恋をしました。
やがて二人は結婚し、貧しいながらも支え合って暮らしを営むのですが、結婚してわずか5年で一枝は癌で先立ってしまったのです。
短篇小説『秋深き』と『競馬』は、こうした織田作之助の実生活を色濃く反映しています。

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映画『秋深き』のロケーション場所

映画『秋深き』は、織田作之助への限りないオマージュから出発していましたので、全編を大阪でのロケーションで撮りました。
寺田が一代にプロポーズして、初めてのキスをする場面は、梅田・阪急ナビオ前の三角地。
人通りと車通りの少なくなった、真夜中の3時、かなり寒い11月でした。
寺田と一代が結婚式を挙げたのは、中央区生玉町にある生國魂神社(いくたまじんじゃ)。
八嶋智人くんと佐藤江梨子さんが和服姿なのは、織田作之助と一枝さんの写真になぞらええたものです。
二人が新婚生活を営む場所は、織田作の生活史にちなんで、天王寺区上汐町(うえしおちょう)あたりの設定にしています。

園田競馬場の「1-4」馬券

さて、園田競馬場です。

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どういう話しの流れで園田競馬場が出てくるのか、というと、若くして乳癌にかかった一代のために、寺田は病院での治療だけでなく、藁にもすがるような思いでお百度参りや民間療法や祈祷にも頼るのです。
貯金を使いはたし、やがては中学生たちの修学旅行の積立金にまで手をつけてしまいます。

そんな寺田が、お金の調達の最後の手段として賭けたのが、園田競馬の「1-4」馬券なのでした。
「一代」→「かずよ」→「一四」→「1-4」なのです。
大好きな妻へ、ありったけの思いを込めて、寺田は「1-4」馬券を買い続けます。
そして、園田競馬場のゴール板の前で、声の限りに「かずよーっ、かずよーっ!」と叫び続けるのです。
そんな寺田のふるまいを、他者の目で、なんと馬鹿げた所業だと笑うことが果たして誰にできるでしょうか。
この、寺田が馬券を握りしめて「かずよーっ!」と叫ぶシーンは、2007年10月に園田競馬場で3日間にわたって撮影されました。

と言うのは、園田では、「1-4」馬券はとても出にくい目だ、と言われているのです。
園田はダートの水掃けを良くするために、インコースが少し内側に傾斜しており、「1-4」は出にくい、というのがファンの間での定説になっています。
だからこそ、撮影班は3日間にわたって撮影日を設定したのでした。
一日に11レース。朝の10時から、夕方の16時45分まで。
カメラマンは、走る馬を狙い続けます、「1」と「4」の馬番がゴールを切る瞬間を狙って。

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噂どおりでした、1日目「1-4」は来ず、2日目も「1-4」は来ず。
3日目はスケジュールの都合もあり、俳優の八嶋智人さんと佐藤浩市さん抜きでレース撮影だけなのですが、やはり午前中のレースでは「1-4」は来ず。
「これはもう、あかんでぇ」、「CGの合成を段取りしようか」と言いながら、昼ご飯を食べて、まぁ念のためにとカメラマンがゴール板の前に向かいました。
池田監督とプロデューサーである私も、出走直前にゴール前に行きました。
すると、すると、です。
何と、第4コーナーを廻って先頭に出たのが「1」番の馬、そして、そのすぐ後の馬群の中に「4」番の馬が居る!ではありませんか。
「がんばれーっ、1番、4番、1-4、かずよーっ!」
声の限りに、私たちは叫び続けたのです。

「1-4」の映像は撮れたけど

「やったぁーっ、1-4、来たでぇ、撮れたなぁ、良かった良かった」スタッフ一同大喜びでした。

一息付いた後、「穴やでぇ、万馬券やで」、「で、今回は誰が馬券買うてんねん?」と私。
「あらっ?」とスタッフの皆が、お互いの顔を見廻しました。
初日の第1レースから、この日の第4レースまで、合わせて26レース、げんを担ぐ意味もあって必ず誰かが「1-4」馬券を買うようにしてきたのでした。
ところが、何と、このレースに限って昼飯直後ということもあって、スタッフ間の連絡が悪く、誰も馬券を買っていなかったのでした。
「あーぁ、絵は撮れたけど、金は取れんかったなぁ」と誰からともなく苦笑い。
その時、「へ、へ、へ」と笑っていた池田敏春の赤ら顔が、今でもぼんやりと浮かんでくるようです。

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池田敏春さんは、山形県の出身で私とは同じ歳。1982年に長谷川和彦や相米慎二や根岸吉太郎らと「ディレクターズ・カンパニー」という映画監督集団を立ち上げて、『人魚伝説』や『ハサミ男』という映画などで、激しいセックスやバイオレンスを通して人間の本性と人生の不条理を描く作風で、映画ファンには伝説的な人気を誇る人でした。
その池田監督が一転して『秋深き』で、「人生の切なさ、日々の営みの尊さ、人間の和解を描きたいんだよ」と言って、私とタッグを組んだのでした。
映画の全編を通して流れる音楽には、私が大好きなギターの名曲『アルハンブラの想い出』を選びました。
美しくも哀切なメロディーを、日本を代表するサックスプレイヤーの本多俊之さんが特別にアレンジしてくれました。
そして、この『秋深き』が、映画監督・池田敏春の遺作となりました。

【アルハンブラの想い出】

地味な映画なのですが、私は自分がプロデュースした映画の中で、いちばん好きな作品です。
滑稽で、おかしくて、アホみたいな男や女が、過去をひきずりながら、生きています。
そして、今回久しぶりに訪れた園田競馬場では、今日も多くの人が馬券と競馬新聞を片手に声を張り上げ、一喜一憂をくりかえしていました。
そこには、たしかに今を生きている人間たちの体温がみなぎっていました。

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園田駅の西側商店街通り

園田競馬場から、無料送迎バスで阪急電車の園田駅に出ました。
駅の西側に廻ると、駅前から西南に向かって、100㍍ほど商店街が伸びています。
ちょうど夕暮れ時で、自転車で買い物袋を提げたおばちゃんや、勤め帰りのサラリーマンや、若いOLさんや、女子中学生が、正面に見える橋の方へゆっくりと歩いてゆきます。

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その人たちについて行ってみると、左右には、居酒屋に、お好み焼き屋に、持ち帰りの寿司屋さんに、町の本屋さん、が並んでいました。
つきあたりが石段になっていて、自転車の人はそこを押して上がり、「善法寺橋」と書かれた橋をわたって川の向こうに帰ってゆきます。
オレンジ色の街灯に染まる橋と川。
ここちよい夏の夕暮れです。

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廻れ右して、再び園田駅に向かうと、「手焼きパンのお店 TRIGO」と書かれたパン屋さんから、バターと小麦粉の焼けたフワーっとした匂いがあふれ出てきました。
思わず店に入って、夜食用にとパンを5つほど買いました。

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店々に灯りの入ったその商店街とそこを歩く人たちの動きは、まさに「日々の営み」のワンシーンに他ならない、と私には思えたのです。
そして、池田敏春が生きていたら、「ここでワンカット廻そうよぉ」と言っただろうなぁ、と思いながら、園田の町を後にしました。

「朝顔の紺の彼方の月日かな」―――石田波郷(いしだ・はきょう)という人の俳句です。
歳月は、愛憎や屈託といった人間のなまなましい感情を、ゆっくりと濾過して、澄んだ爽やかな色合いを残してくれるもののようです。
夏は、懐かしい人の顔や声を想いだす季節でもあります。

【筆者略歴】

吉村 誠

吉村 誠(よしむら・まこと)1950年山口県生まれ。東京大学文学部社会学科卒。朝日放送テレビプロデューサーとして多くのテレビ番組や映画製作を担当。宝塚造形芸術大学教授を経て、現在は同志社女子大学・関西看護医療大学で非常勤講師を勤めている。おもな担当番組に「M-1グランプリ」、「晴れ時々たかじん」、「ワイドABCDE~す」、プロデュース映画に「血と骨」(監督:崔 洋一)、「秋深き」(監督:池田敏春)、著書に『お笑い芸人の言語学』(ナカニシヤ出版)。

2018.08.31

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