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風に誘われて、街へ(6) 初秋の風に誘われて、京都は鴨川デルタ周辺へ

2018.09.28

さすがに猛暑も過ぎ、空に鰯雲が浮かび始めました。初秋の風に誘われて、京都を歩きました。京都、と言っても、嵐山や清水寺や祇園など、観光客でいっぱいの名所ではなくて、左京区の出町柳から下鴨神社界隈。いわば、京都の学生たちが住んで暮らしている町です。ぶらり歩きの案内をしてくれたのは、森見登美彦さんの『夜は短し歩けよ乙女』という本。2018年の京都に、レトロでファンタジーな時空間を探してみました。

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ここぞレトロの喫茶店・進々堂

出発は、京大北門前にある喫茶店の「進々堂」から。百万遍の交差点から、東へ150㍍のところに「進々堂・京大北門前店」があります。京大キャンパスから、道をひとつ隔てて、プラタナスと銀杏が交互に植えられた並木道沿いに建つ煉瓦造りの建物が、もうそれだけで時を超える装置のようです。

中に入ると、天井は高く、白熱灯の間接照明でほの明るくて、白壁と黒い木の枠組み。テーブルは長方形の木製で、椅子も木でつくられた長椅子。ここに腰掛けているのが、大正ロマンや昭和レトロの若き男女であったとしても何の不自然さもない感じです。ただ、間違いなく今が平成30年である証拠には、すわっている女の子の前にはAppleのパソコンが広げられており、男女カップルはスマホをさわりながら会話をしていること、でした。

名物だという、カレーパンセットを注文しました。スープ皿に入ったカレーに、ロールパンと食卓パンが一つずつ、ミニサラダと飲み物が付いて830円。本当に美味しい。ここ「進々堂」は、京都の人間なら知らない者はいない、というほどのお店。創業は1913年(大正2年)。創業者は、日本人として最初のパン留学生としてパリに渡り、彼の地でパンの理論と実技を学び、帰国後に京都でパンを広めたのだそうです。

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そして、小説『夜は短し歩けよ乙女』では、この喫茶店がラストシーンを飾ります。

京都ファンタジー小説『夜は短し歩けよ乙女』

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『夜は短し歩けよ乙女』は、森見登美彦(もりみ・とみひこ)が書いた小説で、2006年に出版されました。主人公は京都大学の3回生と思しき男の子、その彼が、大学の後輩である「黒髪の乙女」に一目惚れの恋をして、なんとかして彼女に近づこうと格闘する、というお話しです。

この青年、近頃には珍しいほどの奥ゆかしさで、直接はアプローチすることができずに、外堀を埋めるような行動のみ。彼女の方は、それとは知らずに「オモチロイ事」を求めて京都を奔放に駆けめぐります。「先輩、奇偶ですね」と、黒髪の乙女。「いや、たまたま通りかかったものだから」を繰り返す先輩。

そんな二人が巻きこまれる、ファンタジックでハチャメチャでロマンチックな出来ごとの数々。奇想天外なラブ・コメは、「京都ネオ・ファンタジー」なる流行を産み出したのです。アニメ映画にもなったので、ご覧になった方もいるでしょう。

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また、最近は、森見作品のアニメ画が京都PRのポスターにも登場しています。

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大正ロマンの精髄、吉井勇『ゴンドラの唄』

小説タイトルの『夜は短し歩けよ乙女』は、誰もがわかるように「命短し恋せよ乙女」という有名なフレーズから採っていますよね。この、「命短し恋せよ乙女」というフレーズは、大正から昭和にかけて活躍した歌人の吉井勇(よしい・いさむ)が作った『ゴンドラの唄』の出だし部分です。

今、改めて『ゴンドラの唄』を目で読み、耳で聴いてみて、その美しさに私はしみじみとため息が洩れました。

いのち短し 恋せよ乙女
あかき唇 褪せぬ間に
熱き血潮の冷えぬ間に
明日の月日は ないものを

いのち短し 恋せよ乙女
いざ手をとりて かの舟に

いざ燃ゆる頬を 君が頬に
ここには誰も 来ぬものを

いのち短し 恋せよ乙女
黒髪の色 褪せぬ間に
心のほのお 消えぬ間に
今日はふたたび 来ぬものを

 

加藤登紀子さんの歌う『ゴンドラの唄』を、是非、聴いて、見て、ください。
3拍子ワルツの揺れるようなリズムと、なめらかに流れるメロディー。
あー、人の世に「若き乙女」ほど儚く可憐で美しいものがあるでしょうか!
吉井勇の詩、竹久夢二の絵、大正ロマンの世界は現代の気忙しさを忘れさせてくれます。

YouTube「古都逍遥」で京都名所巡り

ついでながら、京都の観光名所を短時間で堪能するのに最適なYouTubeを、ひとつ紹介しておきましょう。

それは、もともと都はるみさんが歌った『古都逍遥』という曲です。この曲のカバー・バージョンがとても良く出来ていて、4分間で京都旅情を満喫できるという優れ物。忙しくて、京都観光なんか行ってられない、という方にオススメです。

 

この曲も、3拍子のワルツです。やはり、目的地を目指す歩きは2拍子ですが、ぶらりと立ち止まるには3拍子がふさわしい、のでしょう。

ユニークな古本屋

さて、「進々堂」を出て、百万遍の交差点の方へ向かって歩いてゆくと、小さなビルの前に「古書 星と蝙蝠」という看板がありました。

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朱色に塗られた螺旋階段をグルグルと歩いて3階へ。なんだかそれだけで、異次元の空間へタイムスリップしている感じがします。

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そして、辿りついたところには、浪漫派から耽美派から幻想文学に至る古い本の数々が。あるんですねぇ、こんな古書店が。さすが、学生の町です。まだ40歳前と見える御主人に聞けば、本好きが昂じて古本屋を始めた、とのこと。

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お勘定台の前に乱雑に積み重ねられた本、その一番上に無造作に置いてあったのは、中原中也の『ランボオ詩集』でした。手に取ろうとした私に、「あっ、それ、まだ触らんといてください」と慌ててご店主。なんと、つい最近手にはいった代物で、1937年9月に野田書房から出された『ランボオ詩集』の初版本で、中原中也が亡くなるひと月前に世に出た本なのでした。

古書界では10万円は下らない希少本。「いやぁ、こういう本に出会うと嬉しいんですよねぇ」と笑うご店主の顔が印象的でした。

夕暮れ時の鴨川デルタ

出町柳の駅前につながる道も、懐かしい感じのお店が並ぶ生活道路でした。銭湯があって、その向かいには「The Beatles」という看板が。きっと経営しているのは、ビートルズに胸をときめかせた団塊の世代の方なんでしょうね。

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そして、夕暮れにさしかかる頃、鴨川デルタに。

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ここは、西北からの賀茂川と東北からの高野川との流れが合流する地点で、人呼んで「鴨川デルタ」。若いカップルが座りこんでいたり、家族連れがボール投げをしていたり、と、このあたりで暮らしている人たちのくつろぎの空間になっています。岸辺の遊歩道を、犬を連れて散歩してる人もいます。声をかけると、たいていの人は止まって犬を撫でさせてくれます。犬も人なつこいのですが、飼い主さんも人なつこいのが嬉しいですよね。

と、急に、バサバサバサ、という音が。見ると、7、8羽のトンビと、20羽くらいのカラスが一斉に上空を飛び廻り始めました。すわ、これは何かの天変地異か、と驚きながらあたりを見回すと、なんとまぁ川のほとりでオッチャンがパン屑を鳥たちに投げてあげているのでした。

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空の高みを廻りながら、スーッと急降下してはパンを咥え獲るトンビ、その合間を縫って歩いてパンを咥え去るカラス、実に見事な集団パフォーマンスにしばし見とれてしまいました。きっと、鴨川デルタの夕暮れ時の恒例になっているのでしょう。

黄昏迫る「糺の森」から「下賀茂神社」へ

小説『夜は短し歩けよ乙女』では、「糺の森(ただすのもり)」の奥に、年齢不詳の李白という奇妙な老人が住んでいることになっています。そうでなくとも、2018年の現代の京都に、こんな鬱蒼とした古木の繁る空間があることがとても不思議であり、とても面白いですよね。青い暮色が忍びよる頃合いに「糺の森」を歩いていると、10年や20年なんていう時間は人間にとって、さほど大きなものではない、という気になります。そして、日々の愛憎や確執なんか大したことではないんだ、という心が湧いてきます。

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何だか平らかな気分になって下賀茂神社で柏手を打ち、帰りは神社の東側に出て、高野川にかかる蓼倉橋(たでくらばし)を渡りました。

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この橋からは、高野川を流れる水が、段になった堰を落ちてゆくためにちょうど水の屏風のように見えます。時代劇で、侍同士の決闘シーンなどにも格好の背景で、かつてはテレビドラマの「必殺仕事人」シリーズでも、良くこの場所でロケをしたものです。

三条から四条へ、木屋町通りを

さて、いつまでもレトロな時間やファンタジーな空想にひたってはいられませんので、帰路は三条から四条へとネオンまたたく木屋町通りを歩いて世俗の現世感覚を取り戻すことにしました。レトロも、ファンタジーも良いですが、やはり現実の俗世間が私にはいちばん合ってるようです。

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そして、四条河原町まで出ました。あとは、阪急電車に乗って大阪に帰るだけ。そこで、今回まで「風に誘われて、街へ」の取材に写真担当で同行してくれた助手君に、何かをごちそうしようと思い、どこに行きたいかと尋ねたところ、「スイパラに行きたいです」とのこと。それは何か、とたずねたら、「SWEETWS PARADISE」なる所、なんだそうです。

最大のファンタジーワールド「スイパラ」

なんでも、若い女性に大人気の、ケーキバイキングのお店。「70分、1300円でスイーツ食べ放題」とか。そこで、四条河原町の交差点の角にある「スイパラ」に行ってみたのです。ビルの6階まで上がって辿りついた空間、そこは、まさに驚きの空間!だったのです。

たくさんの洋菓子デザート、ソフトクリーム、和菓子、綿菓子、そしてパスタからカレーからサラダに至るまで、ドリンク自由で食べ放題。明るいオレンジ色の空間に、女子高生や女子大生や若い女の子たちが、いっぱい!お皿に山と盛られたスイーツをもりもり食べながら、楽しげに繰り広げられる女子トーク。まるで、女子高の文化祭ではありませんか。

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※スイーツパラダイス公式HPより

えーっ、こんな世界が現実にあるんだぁ!京都にレトロ・ファンタジーを訪ねる旅は、最後の「スイパラ空間」こそが、オッチャンの私にとっては、最大のファンタジー・ワールドなのでありました。

吉村 誠(よしむら・まこと)1950年山口県生まれ。東京大学文学部社会学科卒。朝日放送テレビプロデューサーとして多くのテレビ番組や映画製作を担当。宝塚造形芸術大学教授を経て、現在は同志社女子大学・関西看護医療大学で非常勤講師を勤めている。おもな担当番組に「M-1グランプリ」、「晴れ時々たかじん」、「ワイドABCDE~す」、プロデュース映画に「血と骨」(監督:崔 洋一)、「秋深き」(監督:池田敏春)、著書に『お笑い芸人の言語学』(ナカニシヤ出版)。

2018.09.28

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