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街・町・まち物語(25) 灘五郷の挑戦

2018.12.07

「灘五郷」といえば、神戸市東灘区と兵庫県西宮市にまたがる日本一の酒どころだ。日本酒離れが進み、清酒の生産量は最盛期の3分の1にまで減り、灘五郷もその例外ではない。しかし、400年近い歴史と伝統、王座の地位を守るべくあの手この手で魅力のPRと新たな戦略を展開している。年末年始には酒を飲む機会が増え、日本酒がおいしい季節がやって来たが、灘五郷は、酒飲みでなくても意外な楽しみ方ができるエンターティメントゾーンになっていて、訪ねてみるのも悪くない。

【尼崎付近を走るラッピング列車(阪神電鉄提供)】

写真①尼崎付近を走るラッピング列車(阪神電鉄提供)

『ラッピング列車が走る』

「灘は日本一の酒どころ」「Go!Go!灘五郷!」と車体に大きく書かれた、ド派手な阪神電車が走っている。つり革に菰(こも)を巻き付けたミニ酒樽がぶら下がり、5つの郷の名前とゆかりの言葉などが書かれたステッカーがついている。壁には灘の四季を描いたイラストが貼られ、車内は酒一色だ。

【電車の車内(阪神電鉄提供)】

写真②電車の車内(阪神電鉄提供)

電車は1編成(6両)だけの運行で、阪神本線(梅田~元町)、阪神なんば線(尼崎~大阪難波)、相互乗り入れの山陽電鉄や近鉄のどこを走っているのか、その日によって変わり、「出合えればラッキーです」(阪神電鉄)。灘五郷酒造組合と阪神電鉄、神戸市と西宮市の4者が昨年から始めた「『灘の酒蔵』活性化プロジェクト」の一つだ。

『どうして日本一になったのか』

今でも全国の日本酒の4分の1を造る灘五郷は、西宮市内にある今津郷と西宮郷、東灘区内の魚崎郷、御影郷、西郷の5カ所をいう。江戸時代の寛永年間(1624~1643年)に伊丹の酒造家が西宮に移り住んで酒造りを始めたのがはじまりだ。それまでは伊丹・池田地域が最大の生産地として栄えていたが、しだいに灘地区が江戸向けの銘醸地として発展。やがて江戸の酒の8割が灘の酒になり、「日本一の酒」という不動の地位を築いた。

それには、高度な酒造技術集団の丹波杜氏(とうじ)がいたこと、西宮の一角から湧き出る良質な水、「宮水(西宮の水)」の存在が大きい。リンやカルシウム、カリウムなどのミネラル分を多く含む硬水が、麹(こうじ)菌や酵母を育て、一方で酒の色を濃くし風味を落とす鉄分が少ないという”奇跡の水”だったのだ。

【酒造りの人形(白鶴酒造資料館)】

写真③酒造りの人形(白鶴酒造資料館)

灘の酒は、やや酸味の多い辛口で、荒々しい舌触りから「男酒」ともばれる。冬場の仕込みに六甲おろしの冷たい風が味方し、天与の条件がそろってできた酒「灘の生一本」だ。

酒の味と品質の良さはわかるとしても、それまで主流だった伊丹・池田の酒をしのいで、どうして全国一になれたのか。その理由として、港の存在が大きい。最大の消費地だった江戸に”輸出”する酒を「江戸積み」と言ったが、川を下って大阪湾に出なければならなかった伊丹・池田に比べ、海岸沿いで、良港に恵まれた灘地区。西宮には廻船問屋ができ、輸送体制で圧倒した。

新しいもの好きの江戸っ子は、新酒に目をつけ、特別に高い値をつけた。いかに早く新酒を届けるかが勝負となり、「新酒番船」のレースまで生まれた。普段なら灘から江戸までは12日かかる。それをわずか58時間で届けた記録もあるというから驚きだ。灘の酒が全国制覇できたのは、製品の良さと同時に、流通での優位性があったからで、これは現在のビジネスにも通じる。

明治時代になってからも生産量は増え続け、そこに新たに登場したのが、1936年(昭和11年)に「山田錦」と命名された播州平野で育つ良質の酒米だ。清酒の生産量は1976年(昭和51年)には、約2億2000万リットル、全国の15・5%を占め、ピークを迎えている。

『伝統を守る』

阪神間が工業地帯化していくにつれ、灘の酒を取り巻く環境も変わっていく。まず宮水に影響が出始めた。六甲山の花こう岩地帯をくぐり抜けてきた伏流水が海水圧とぶつかり、沿岸に横一線でできた長い水脈から汲み上げる井戸が、高潮対策や土木工事の影響などで減っていったのだ。化学的に同じ成分の水をつくれないかと”人工宮水”の研究までしたことがあるという。

灘五郷酒造組合は「今は水質、水量とも安定しています」(壱岐正志・ 常務理事)と話すが、学者を中心にした宮水保存調査会が年2回の分析調査を行って水質をチェック。酒造組合には水資源対策委員会があり、周辺でのマンション建設や土木工事には業者との事前協議を決めていて、西宮市では条例化するなど、厳しく規制している。

もう一つが、杜氏の確保の問題だ。もともとは丹波・篠山地方の農家から農閑期の冬場だけ来ていて、酒蔵で働く蔵人たちを束ねる工場長的な存在の杜氏は、経営者にも口出しを許さないプライドの高い男の集団だった。明治から昭和の前半までは約5000人がいたが、農業人口の減少と高齢化で徐々に減少。生産量がピークだった40年ほど前にはまだ1400人いたが、現在は約40人が残るだけで、ほかの地域からの杜氏を合わせても約100人弱だという。寒造りの昔と違い、今は夏でも造れる四季醸造工場が主流になり、酒造りの風景は様変わりしている。

『若者と世界』

ウイスキー、ビール、ワインの洋酒類が伸びていく一方で、減少傾向が続く日本酒。今年3月現在でみると、清酒の生産量は全国で約4億3000万リットルとピーク時の30%にまで落ちている。灘五郷はこのうち20・8%の約8900万リットルで、ピーク時の40%だから、全国の傾向に比べるとまだまだ健闘している。

一時期、焼酎ブームで日本酒が息を吹き返す気配もあったが、生活スタイルが変わったことや味覚の変化、若者の日本酒離れも加わって減少に歯止めはかかっていない。吟醸酒でもフルーティーな口当たりが好まれたり、スパークリングなど多様化が求められ、各メーカーは工夫を重ねている。特に最近は、健康志向が重視され、糖質やプリン体カットを売り物にする酒も出てきている。

追い風は海外での和食ブームだ。日本料理に合うアルコールとしての日本酒だけでなく、フランス料理でも日本酒を出すレストランが増えている。実は意外と灘の酒の輸出の歴史は古い。1877年(明治10年)に清酒8斗6升4合(155・12㍑)を初めてイギリスに送っているのだ。その5年前にオーストリアで開かれた万国博に西宮郷から出品していて、ヨーロッパでは早くから「サケ」は知られていたという。

最近では、昨年にノーベル文学賞を受けたカズオ・イシグロさんの授賞式後の公式行事に灘の酒が出された。海外での日本文化をPRするイベントには積極的に出店していて、酒造組合の藤井篤・事務局次長によると、現在は輸出先は海外50カ国以上にものぼり、出荷量は右肩上がりだという。

『楽しい酒蔵めぐり』

日本一の酒どころの近くで暮らしながら、その魅力を実感しない手はない。灘五郷酒造組合を中心に各メーカーでは年間を通じてさまざまなイベントや企画を組んでいるからだ。たとえば「灘の酒蔵めぐりバス」(今年は11月25日で終了)は、JR六甲道駅を始発にして専用バスが運行され、主な酒造メーカーの記念館や資料館を回ることができる。有料で、通常チケット(500円)は有料試飲1杯付き。プレミアムチケット(1000円)だと、さらにオリジナルお猪口や酒の肴が付く。

筆者が乗った土曜日の朝、51人乗りの大型バスは満席だった。白鶴酒造資料館、菊正宗酒造記念館、沢の鶴資料館を回ったが、どこも見学客が多く、「特に秋の休日は多い碑は1000人は来ます」(菊正宗酒造記念館)という人気だ。

【貸し切りバスでやって来る見学客】

写真④貸し切りバスでやって来る見学客

貸し切りバスでやって来る海外の観光客も多い。韓国、中国のほかヨーロッパの観光客たちは、昔の酒蔵にしきりとカメラを向け、日本酒を試飲して楽しんでいた。

【試飲や酒を買う海外の観光客】

写真⑤試飲や酒を買う海外の観光客

「パ酒ポート」(1冊500円)も注目のグッズだ。首都圏や海外の観光客をターゲットにした灘五郷のガイドブックで、これを持って酒蔵を回り、スタンプを押してもらい、応募するとオリジナルグッズが当たるというおまけがついている。

灘五郷には27の酒蔵があり、下記の酒造会社の資料館や記念館では年間通して見学を受け付けている。すべて入館は無料で、試飲のサービス付きだ。ただ、年末年始は休館で、定休日のある施設もあるので、HPや電話で確認してほしい。このほかに酒蔵を見学させてくれる会社や、試飲と購入のみの会社もある。酒だけでなく、酒を使ったケーキなどのスイーツや化粧品も売っていて、家族連れで回るのも楽しい。 文=ATOM

見学できる資料館と記念館

「沢の鶴資料館」(灘区大石南町1-29-1、078・882・7788)

「白鶴酒造資料館」(東灘区住吉南町4-5-5、078・822・8907)

「菊正宗酒造記念館」(東灘区魚崎西町1-9-1、078・854・1029)

「こうべ甲南武庫の郷」(東灘区御影塚町4-4-8、078・842・2508)

「櫻正宗記念館櫻宴」(東灘区魚崎南町4-3-18、078・436・3030)

【予告】12月21日掲載の次回は、コラム「街・町・まち物語」の最終回となります。2025年の開催が決まった「大阪万博」がテーマです。お楽しみに。

【コラム「街・町・まち物語」の過去記事一覧】

▽第24回「売上げを3倍!老舗の銭湯を復活させた若者=湊 三次郎さん」(18年11月16日)

▽第23回「天守再建で観光都市づくりを進めたい尼崎の”野望”」(18年11月2日)

▽第22回「「災害列島」の都市づくりを考える=正司 泰一郎さん(元宝塚市長)」(18年10月19日)

▽第21回「続・「お豊さん」を歩く」(18年10月5日)

▽第20回「「お豊さん」を歩く」(18年9月21日)

▽第19回「幻の「大坂湾戦争」を追う」(18年9月7日)

▽第18回「挑戦する銭湯」(18年8月24日)

▽第17回「あなたも戦争体験の伝承者に=福山 琢磨さん」(18年8月3日)

▽第16回「中之島 なにわの心意気」(18年7月20日)

▽第15回「大阪の“いのち”に向き合って54年=濵﨑 寛さん」(18年7月6日)

▽第14回「悲しき海の女王たち」(18年6月15日)

▽第13回「今、図書館が面白い!(関西の最新図書館事情)」(18年6月1日)

▽第12回「中小企業を支援する経営コンサルタント=澤村 文雄さん」(18年5月18日)

▽第11回「「幸・福」に学ぶ 2つのミュージアムを訪ねて」(18年5月11日)

▽第10回「なにわのプチクルーズ」(18年4月20日)

▽第9回「大阪再生は文化の立て直しから=池田 知隆さん(大阪自由大学理事長)」(18年4月6日)

▽第8回「甲子園、ネット裏の”熱闘”」(18年3月16日掲載)

▽第7回「大阪城のレジリエンス力」(18年3月2日掲載)

▽第6回「行列のできる居酒屋=立山 雅夫さん(飲食文化研究所代表取締役)」(18年2月16日掲載)

▽第5回「すみれと桜 タカラヅカの鎮魂歌」(18年2月2日掲載)

▽第4回「出た!大阪・梅田に”亡霊たち”が」(18年1月19日掲載)

▽第3回「お笑い芸人に学ぶ関西の街づくり=吉村 誠さん(元朝日放送プロデューサー)」(18年1月5日掲載)

▽第2回「不思議な『浪華(なにわ)の忠臣蔵』」(17年12月15日掲載)

▽第1回「天才マンガ家は堂島から誕生した」(17年12月1日掲載)

2018.12.07

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