経営Management

経営コラム /

街・町・まち物語(26)最終回 「大阪万博」──期待と不安

2018.12.21

2025年「大阪万博(国際博覧会)」の開催が決まった。会場となる大阪湾岸にある「夢洲」(大阪市此花区)の基盤整備に大阪市は140億円の補正予算を組み、「博覧会協会」の設立で、6年半後に向けて本格的に動き出す。開催前年の開業をもくろむカジノを含む統合型リゾート(IR)と抱き合わせにすれば経済波及効果は2兆6000億円との試算もあり、今度こそ、悲願の関西経済復権の起爆剤にしたいと官民あげて鼻息が荒い。でも、本当に大丈夫なのか? どこまで新しい街づくりにつなげることができるのか?本コラムの最終回は、世紀の祭典の「期待と不安」を取り上げる。

【決定の知らせ】

写真①決定の知らせ

『敗者復活戦』

大阪万博は「大阪維新の会」でなければ実現できなかったのは確かだ。動くきっかけになったのは2013年9月に東京オリンピックの開催が決定したからだろう。大阪都構想を掲げる維新の会にとっては、東京への一極集中を打破するどころか、さらに加速させてしまいかねない事態になったのだから慌てたのも無理はない。

3000億円以上を投入して造った人工島「夢洲」。1977年に造成を始め、80年代には国際交流拠点にするテクノポート大阪計画もあったが、バブルの崩壊でとん挫。2008年の夏季五輪に名乗りをあげ、候補地としたものの北京に敗れ、”負の遺産”だけが残り続けていた。コンテナターミナルや廃棄物埋め立て地に設けたメガソーラー(大規模太陽光発電)に一部使われてはいてもこれといった活用の目途もなく、”沈む大阪”のシンボルのような島だった。

一矢報いたい松井一郎知事は、14年早々に動き出す。まず4月に夢洲をIR候補地にすると表明。4カ月後には府幹部に万博開催の可能性を探れと指示している。15年末に安倍首相と菅官房長官との会食で万博の開催を打診。17年4月に政府の閣議了解をとりつけ、”オールジャパン・プロジェクト”に手早く仕上げたのはさすがだ。

とは言え、東京はおろか、関西でさえも、「大阪で万博?無理、無理」と言われていたプロジェクトだ。ロシア、アゼルバイジャンという強敵。36億円もかけた誘致費用。負ければ、19年の統一地方選と参院選の足を引っ張ることになるだけに、維新の会は文字通り背水の陣で臨んだ。

結果として大差での勝利となり、25年に向けてスタートしたプロジェクトだが、手に入れた「夢」は大きいだけに、ドリームランドとして「現実」にするには課題も大きく、多い。まずは莫大な費用がある。

基盤整備にとりあえず140億円。会場建設費に1250億円。地下鉄中央線の延伸などアクセスや周辺整備にも相当な費用がかかり、これら関連事業費に約730億円。事業運営費を加えるとトータル2800億円が現時点での見積もりだ。東京五輪の建設ラッシュと重なり、建設資材の高騰や作業員確保の難しさもあって、建設コストが膨らむ可能性もある。会場建設費用は国・府市・財界の3者が分担することになっているが、消費税増税後の景気がどうなるのか、東京五輪経費と重なりイベントへの過重負担への批判の声も出かねない。経済効果を1兆9000億円とはじいているが、本当にソロバン勘定が合うのかどうか予断を許さない。

【会場になる夢洲】

写真②会場になる夢洲

万博には約150か国が出展し、5月3日から11月3日までの185日間の期間に2800万人の入場者を見込んでいる。事業運営費(約820億円)の9割は入場券収入でまかなう腹積もりだが、1日平均にすると15万人の計算だ。世界のテーマパーク入場者数ランキングを見ると、第4位を誇る南港のUSJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)の年間入場者数は17年は1493・5万人で、1日平均4万人。第5位の東京ディズニーシーは1350万人で、3万7千人だ。その4倍近くを集客できる魅力をどうつくるかが最大の課題になる。

防災対策もある。同じ大阪湾に浮かぶ人工島の関西国際空港が夏の台風21号の高潮で浸水して全面閉鎖された悪夢がある。夢洲自体も護岸が一部壊れて修復工事中だ。南海トラフ地震が起きれば津波や液状化が起き、現在の防災想定では不十分との指摘もある。

跡地利用も課題になる。万博のコンセプトを活かして先端技術の研究拠点やリゾート施設を誘致したい意向はあるものの、今はまったく手つかずの白紙状態だ。

ギャンブル依存症などの問題が指摘されているIRと、万博の理念をどう整合させるのか。万博終了後にもしもIRだけが残ってしまったら、「あの万博は何だったのか」と開催意義そのものが問われかねない。

とはいえ、課題を並べ立てたらキリがないだろう。「夢」にリスクはつきものだからだ。要は、それをどうやって一つずつ克服していくかだが、最大のリスクは、原動力であり、けん引していく維新の会が今後7年間、政党として主導権を握り続けられるのかどうかかもしれない。

『大阪と博覧会』

1970年(昭和45年)の大阪万博から55年目に開かれることになった2025年万博。アポロ12号が持ち帰った「月の石」が人気を呼び、77カ国が参加して千里丘陵で開かれた70年万博は、183日間に6422万人を集め、「戦後は終わった」と言わせた大きな節目のイベントとなった。

【2025年万博を祝う太陽の塔】

写真③2025年万博を祝う太陽の塔

実は70年万博までの国内で開かれた最大の博覧会も大阪で開かれている。1903年(明治36年)の第5回内国勧業博覧会には海外18カ国が出品した明治最大の国家イベントだった。この年は、ライト兄弟が世界初の動力飛行に成功。国内では、東京で路面電車、大阪で市電が走り始め、電気時計が発明されるなど、「20世紀の文明」が見え始めた年だった。天王寺での博覧会はそれにふさわしく、日本で最初の大規模なイルミネーションを輝かせた。エレベーター付きの高塔がそびえ立ち、蒸気乗り合いバスが運行され、5カ月間で435万人が来場した。江戸時代が終わって、経済までも東京に移ってしまい、意気消沈していた「なにわ」の自信を取り戻させ、近代大阪に脱皮させる契機になったのがこの博覧会だった。ちなみに会場跡地が今の天王寺公園であり、新世界である。今もそびえる「通天閣」は、戦後の復興塔ではあるが、常に「大阪」のシンボルになってきた。

70年万博はその6年前の1964年(昭和39年)に東京五輪が先行した。今回も5年差で、やはり東京が先行し、「東京五輪-大阪万博」の構図は、半世紀後も”再現”されるが、だからこそ、東京は成功したが大阪は失敗したでは許されないプレッシャーがかかる。

70年万博のきっかけをつくったのは毎日新聞記者だったという”伝説”がある。日本全体が戦後復興から経済成長を突き進む中で、当時も大阪の地盤沈下が問題になっていた。大阪府庁記者クラブ詰めのFキャップが、知事だった左藤義詮氏と会った折りに「東京のオリンピックに匹敵する国家的事業をしたらどうですか」と進言した言葉が、知事を動かしたというのだ。Fキャップも左藤氏もすでに故人で、真偽のほどは確かめようもないが、毎日新聞の「大毎社会部70年史」に書いてあるのだから、まんざらウソとも言い切れない。いずれにせよ、大阪の万博は2回とも「東京に負けるな」「東京に追いつけ」が生み出したものだった。

【1970年万博】

写真④70年万博

縁起をかついだわけではないだろうが、会場について、松井知事は当初は千里の万博記念公園(吹田市)を考えていたらしい。りんくう公園や服部緑地、鶴見緑地なども候補地にあがったが、夢洲の「ユ」の字もなかったという。それがIRの候補地として夢洲を使う案が浮上し、ならばワンセットで考えてみたらどうだとなったらしく、東西約2・5㌔㍍、南北約1・8㌔㍍の夢洲390㌶のうち万博会場は南西側の155㌶で、北隣の70㌶がIR予定地となる予定だ。

さて、70年万博と25年万博の決定的な違いは、言うまでもなく、日本の置かれた状況の変化にある。まだ戦後25年だった前回は、”奇跡の復興”を遂げ、高度経済成長の真っ只中にあって世界から賞賛と羨望を集め、脅威の目が注がれていた時代だった。明るく未来を語り、元気があった。科学文明の夢を語り、国威発揚の場でもあった。人間で言えばエネルギーに満ち溢れた青年期といえよう。

それから55年後の今回は、人間なら70代といったところか。世界第2位の経済大国の座を中国に譲り、成熟社会と言えば聞こえはいいが、成長のピークを越え、人口減少と高齢化に”悩める日本”だ。まだ元気ではいるが、足腰は確実に弱ってきていて、自ずと目は健康や医療に向く。最先端の医療技術やIT(情報通信技術)を使ったサポートに期待を寄せたい、まさにそんな熟年時代に開かれる万博なのだ。

だが、それも悲観的にばかり考える必要はない。高齢化社会は人類のたどるべき道で、どの国にもやがて来る道でもある。その先頭ランナーである日本こそ、その解決策を示す使命がある。万博のテーマを「いのち輝く未来社会のデザイン」としたことの意味は大きく、深い。

『未来のデザイン』

健康や持続可能な社会システムをコンセプトに、最新技術を使って体験型の「未来社会の実験場」と位置づけて開く25年万博。仮想現実(VR)や拡張現実(AR)などを駆使し、未来への提案を世界に向けて発信しようという構想だ。会場内で開かれるイベントをVRで世界の80億人にバーチャル体験してもらうとか、iPS細胞の再生医療技術を使った若返りの実験もある。入場者にIoTを活用したバイタルサイン・センシング技術による体調管理、待ち時間ゼロなど、これまでにないプログラムを考えていて、大いに楽しみだ。

今回は、70年万博のシンボルとなった岡本太郎の「太陽の塔」のような中心的な建物はつくらず、テーマや地域別にパビリオンをまとめることもしないのも、2回目ゆえの“二番煎じ”という印象を与えない工夫として評価していい。

【2025年万博のテーマ】

写真⑤2025年万博のテーマ

今回の万博は、博覧会国際事務局(BIE)が1994年に打ち出した「人類が直面する課題を解決するための万博」という方向性に沿い、「課題解決型」で構想されている。この点が、「人類の進歩と調和」をテーマに、近未来のテクノロジーの可能性や宇宙への夢を全面に出した70年万博とは大きく異なる。

70年万博のテーマづくりでは、わが国初のノーベル賞学者の湯川秀樹博士をはじめ18人のテーマ委員が知恵をしぼり、その精神的な骨格となった基本理念は、国立民族学博物館初代館長で文化人類学の先駆者、梅棹忠夫さんやSF小説「日本沈没」を書いた作家の小松左京さんらが徹底的に議論をし、熟議を尽くして練り上げたものだった。それだけに、「開けゆく無限の未来に思いをはせつつ、過去数千年の歴史をふりかえるとき、人類のつくり上げてきた文明の偉大さに、私たちは深い感動をおぼえる」で始まる文章は、格調が高く、人類の進むべき道にまで言及したスケールの大きいものになった。

では、次の万博はどうか。直面する問題解決の処方箋はむろん大切だが、でもそれだけでいいのか。人類の向かうべき道筋を示し、100年先の評価に耐えうる文明史論的な視点が必要ではないのか。2度目になる大阪万博が、関西復権や経済浮揚のイベントだけだとしたら寂しい。成長期に開かれた1970年万博と成熟期に開かれる2025年万博。これを一本の線でつないで関連付け、しかもそれがどうして大阪でなければならないのかという必然性を明確にした未来のデザインが見たい。万博の開催決定はゴールではなく、スタートのはずだ。時間はまだある。 文=ATOM

【コラム「街・町・まち物語」の過去記事一覧】

▽第25回「灘五郷の挑戦」(18年12月7日)

▽第24回「売上げを3倍!老舗の銭湯を復活させた若者=湊 三次郎さん」(18年11月16日)

▽第23回「天守再建で観光都市づくりを進めたい尼崎の”野望”」(18年11月2日)

▽第22回「「災害列島」の都市づくりを考える=正司 泰一郎さん(元宝塚市長)」(18年10月19日)

▽第21回「続・「お豊さん」を歩く」(18年10月5日)

▽第20回「「お豊さん」を歩く」(18年9月21日)

▽第19回「幻の「大坂湾戦争」を追う」(18年9月7日)

▽第18回「挑戦する銭湯」(18年8月24日)

▽第17回「あなたも戦争体験の伝承者に=福山 琢磨さん」(18年8月3日)

▽第16回「中之島 なにわの心意気」(18年7月20日)

▽第15回「大阪の“いのち”に向き合って54年=濵﨑 寛さん」(18年7月6日)

▽第14回「悲しき海の女王たち」(18年6月15日)

▽第13回「今、図書館が面白い!(関西の最新図書館事情)」(18年6月1日)

▽第12回「中小企業を支援する経営コンサルタント=澤村 文雄さん」(18年5月18日)

▽第11回「「幸・福」に学ぶ 2つのミュージアムを訪ねて」(18年5月11日)

▽第10回「なにわのプチクルーズ」(18年4月20日)

▽第9回「大阪再生は文化の立て直しから=池田 知隆さん(大阪自由大学理事長)」(18年4月6日)

▽第8回「甲子園、ネット裏の”熱闘”」(18年3月16日掲載)

▽第7回「大阪城のレジリエンス力」(18年3月2日掲載)

▽第6回「行列のできる居酒屋=立山 雅夫さん(飲食文化研究所代表取締役)」(18年2月16日掲載)

▽第5回「すみれと桜 タカラヅカの鎮魂歌」(18年2月2日掲載)

▽第4回「出た!大阪・梅田に”亡霊たち”が」(18年1月19日掲載)

▽第3回「お笑い芸人に学ぶ関西の街づくり=吉村 誠さん(元朝日放送プロデューサー)」(18年1月5日掲載)

▽第2回「不思議な『浪華(なにわ)の忠臣蔵』」(17年12月15日掲載)

▽第1回「天才マンガ家は堂島から誕生した」(17年12月1日掲載)

2018.12.21

建設ニュースおすすめ情報

1週間の動きを短時間で振り返る!

無料メールマガジン登録

メールマガジン登録

サイトで配信した記事のタイトル(見出し)を、分野別とエリア別に分けて1週間分まとめて確認できる便利なメルマガです。PC/携帯に対応!

登録してみる

月2,000円(税別)で、一歩進んだ情報を

建築ニュース有料会員

建築ニュース有料会員

不動産や民間工事の最新情報など、毎日配信される建設ニュースの全記事を、月2,000円(税別)でお読みいただけます

有料会員に申し込む